一般意味論と裁判のはなし
嘘も方便 という言葉があります。
これは我々の日常生活において
物事を円滑に進めるための
コミュニケーションの手段として
築かれてきたことによる格言で
気の利いた嘘は
時と場合によっては必要とされます。
僕は時代劇が好きで
加藤剛 が演じる 大岡越前 も
好きな時代劇の一つです。
ドラマ内で大岡忠相が
度々口にする台詞で
「 法を曲げることはできぬ 」と
言います。
これは劇中で
たとえ父上(大岡忠高)であろうが
上様(将軍吉宗)に対してであろうが
同様の態度をとっています。
(この二人が駄々っ子みたいで
よく騒動を起こすんですよ!)
もしそれだけならば
堅物で石頭の
気の利かない役人ですが
そこは頭の柔軟な大岡忠相。
史実においても
町奉行(旗本)から1万石の大名にまで
出世した切れ者だけあって
事態が良い結果にならないことが必定
といった場面において
忠相の機知に富んだ名裁きで
丸く収めて “ 一件落着! ”
めでたし!めでたし!となります。
“ 法は曲げぬ ” が
ここで忠相が
頓智 により都合よく
言葉巧みに曲げている のは
“ 事実 ” です。
この『 大岡裁き 』では
事実を曲げること = 嘘 が
良い結果をもたらしています。
しかし
言葉は諸刃の剣であり
使い方によっては
禍をもたらすこともしばしば です。
そこで
こんなことを考えてみたいと思います。
アルフレッド・コージブスキー が
提唱した
『 一般意味論 』 において
次のような格言があります。
①・・・
地図は現地ではない。
②・・・
地図は現地のすべてを
表現していない。
③・・・
地図の地図を作ることができる。
地図や現地は例えなので
これらの単語を
次のように置き換えて
その意味を考えてみます。
現地 = 事実
地図 = 言葉
言葉は文字として
文書化もできますので
その意味も含めます。
まず
① の
『 地図は現地ではない 』から
いってみましょう。
裁判で被告人に
死刑の判決が
言い渡されたとします。
犯罪捜査モノのドラマ を観ていると
劇中に犯行のシーンが出ます。
あれは 『 神 』の目 です。
裁判官は 『 神 』ではなく人であり
事件当時の現場は
見ることができません。
起訴状や供述調書,尋問や自白などの
文書や言葉によって
判断するしかないのです。
事実があったとして
死刑を言い渡したものの
その後に
そのような事実はなかったとして
冤罪になるケースもあります。
言葉(文書)は
事実とは限らないのです。
次に②の
『 地図は現地のすべてを表現していない 』
については
地図は
紙などに書かれたときに
現地の空間に対する
においや音,温度などの
鋭敏な感覚から
感じ取られるものや
その他の
現地の多くの情報が失われるように
現実のものを言葉や文書にすることで
多くの事実が抜け落ちます。
まして
“ こいつが犯人 ” ありきの
バイアスのかかった
検察官の作成文書であったら
さらに真実は見えなくなります。
対人関係についても
『 あいつは変な奴だ 』
という人物評を聞いたので
そう思っていたが
実際に会ってみると
他人の評価と全く違っていた。
ということがあります。
これは
その人の全てが
わかるはずがありません
その人の全ての情報を
言葉に表すことは不可能です。
言葉に表すことができるのは
切り取った
わずかな部分でしかないのです。
それに加えて
ステレオタイプなどが入ってきて
さらに事実をゆがめます。
③ の
『 地図の地図を作ることができる 』
については
厚生労働省 の 村木厚子 女史 の
『 障害者郵便制度悪用事件 』 で
検察官の証拠改ざんがあったように
事実ではない
架空の文書(言葉)をもとに
文書(言葉)を作れば
あたかも事実であるかのような
虚構の産物ができます。
この事件は
魑魅魍魎が跋扈する政治がらみのもので
背後に大物政治家が絡んでそうですが
古往今来,権力者の周辺には
常に讒言が飛び交っているものです。
一般のコミュニティにおいても
ありもしない噂を立てて
それが伝播していき
その人の名誉や心に
傷を負わせたとしたら
これほど卑劣で
むごいことはありません。
村木女史の場合は
弁護士が敏腕であったこともあり
無罪となりました。
しかし
敏腕な弁護士も
『 神 』ではない ので
事実(現地)は
見ることはできません。
言葉によって立てられた論理を
巧みに崩しているにすぎません。
このように
言葉は事実でないものを
作り出すことができます。
そして
言葉の言葉が作り出され
それが勝手に動き出します。
すると
紛争を生み出し
戦争を起こすこともあります。
・ 満州事変の『 柳条湖事件 』
・ ベトナム戦争の『 トンキン湾事件 』
・ 『 大量破壊兵器 』とイラク攻撃
など
歴史をみれば明白です。
過激な表現になりますが
『 言葉や論理で人を殺すことができます 』
そうですよね
でっち上げで戦争を始めたり
事実でない言葉により
もっともらしい論理を立てて
死刑判決が出される場合も
ありますから。
裁判に携わる方々
そして
権力を持っている方々は
『 言葉や論理で人の権利を奪い
剥ぐことができる 』
ということを
特に頭に入れておいてほしいと思います。
その一方で
冒頭の『 大岡裁き(大岡政談) 』も
フィクションで
加藤剛 演じる 聖人君子 な 大岡忠相 も
作られた虚像です。
こういった
盛られたり曲げられた
史実や伝記なども
“ 演義 ” として伝えられ
それが
大衆娯楽としての小説や講談,
映画やテレビドラマとなり
文化の発展 につながったことは
“ 嘘により曲げられた事実 ” が
効果をもたらした といえます。
嘘( 言葉 )は使い方によって
“ 良薬 ” にもなれば “ 猛毒 ” にもなる
というお話でした。
最後に
この 『 一般意味論 』 は
コミュニケーションの方法 や
NLP( 神経言語学的プログラミング ) という
心理療法 にも応用されています。
ここでは
それらについても解説されている
実用的な
『 選択理論心理学 』 の本を
紹介します。
★ よりよく生きるための心理学
- 9つの心理学と選択理論 / 磯部隆
他に『 認知心理学 』から
「言語の力」について書かれた本
そして『 一般意味論 』の古典的名著と
末弘厳太郎 博士の名著を
紹介します。
★ 言語力 - 知と意味の心理学
/ 藤澤伸介
★ 思考と行動における言語 - 原書第4版
/ S.I.ハヤカワ:著,大久保忠利:訳
★ 嘘の効用 - 新装版 / 末弘厳太郎
以上
読んでいただき
ありがとうございました。