2022年12月1日木曜日

嘘の効用と副作用

一般意味論と裁判のはなし

嘘も方便 という言葉があります。
これは我々の日常生活において
物事を円滑に進めるための
コミュニケーションの手段として
築かれてきたことによる格言で
気の利いた嘘は
時と場合によっては必要とされます。

僕は時代劇が好きで
加藤剛 が演じる 大岡越前
好きな時代劇の一つです。

ドラマ内で大岡忠相が
度々口にする台詞で
「 法を曲げることはできぬ 」
言います。

これは劇中で
たとえ父上(大岡忠高)であろうが
上様(将軍吉宗)に対してであろうが
同様の態度をとっています。
(この二人が駄々っ子みたいで
 よく騒動を起こすんですよ!)

もしそれだけならば
堅物で石頭の
気の利かない役人ですが
そこは頭の柔軟な大岡忠相。

史実においても
町奉行(旗本)から1万石の大名にまで
出世した切れ者だけあって

事態が良い結果にならないことが必定
といった場面において
忠相の機知に富んだ名裁きで
丸く収めて “ 一件落着! ”
めでたし!めでたし!となります。

“ 法は曲げぬ ”
ここで忠相が
頓智 により都合よく
言葉巧みに曲げている のは
“ 事実 ” です。

この『 大岡裁き 』では

事実を曲げること = 嘘
良い結果をもたらしています。

しかし
言葉は諸刃の剣であり
使い方によっては
禍をもたらすこともしばしば
です。

そこで
こんなことを考えてみたいと思います。

アルフレッド・コージブスキー
提唱した
『 一般意味論 』 において
次のような格言があります。

①・・・
地図は現地ではない。

②・・・
地図は現地のすべてを
表現していない。

③・・・
地図の地図を作ることができる。


地図や現地は例えなので
これらの単語を
次のように置き換えて
その意味を考えてみます。

現地 = 事実
地図 = 言葉


言葉は文字として
文書化もできますので
その意味も含めます。


まず

『 地図は現地ではない 』から
いってみましょう。

裁判で被告人に
死刑の判決が
言い渡されたとします。

犯罪捜査モノのドラマ を観ていると
劇中に犯行のシーンが出ます。

あれは 『 神 』の目 です。
裁判官は 『 神 』ではなく人であり
事件当時の現場は
見ることができません。

起訴状や供述調書,尋問や自白などの
文書や言葉によって
判断するしかないのです。

事実があったとして
死刑を言い渡したものの
その後に
そのような事実はなかったとして
冤罪になるケースもあります。


言葉(文書)は
事実とは限らないのです。



次に
『 地図は現地のすべてを表現していない 』
については

地図は
紙などに書かれたときに
現地の空間に対する
においや音,温度などの
鋭敏な感覚から
感じ取られるものや
その他の
現地の多くの情報が失われるように
現実のものを言葉や文書にすることで
多くの事実が抜け落ちます。

まして
“ こいつが犯人 ” ありきの
バイアスのかかった
検察官の作成文書であったら
さらに真実は見えなくなります。

対人関係についても
『 あいつは変な奴だ 』
という人物評を聞いたので
そう思っていたが
実際に会ってみると
他人の評価と全く違っていた。
ということがあります。

これは
その人の全てが
わかるはずがありません
その人の全ての情報を
言葉に表すことは不可能です。

言葉に表すことができるのは
切り取った
わずかな部分でしかないのです。
それに加えて
ステレオタイプなどが入ってきて
さらに事実をゆがめます。



『 地図の地図を作ることができる 』
については

厚生労働省 の 村木厚子 女史 の
『 障害者郵便制度悪用事件 』 で
検察官の証拠改ざんがあったように
事実ではない
架空の文書(言葉)をもとに
文書(言葉)を作れば
あたかも事実であるかのような
虚構の産物ができます。

この事件は
魑魅魍魎が跋扈する政治がらみのもので
背後に大物政治家が絡んでそうですが
古往今来,権力者の周辺には
常に讒言が飛び交っているものです。

一般のコミュニティにおいても
ありもしない噂を立てて
それが伝播していき
その人の名誉や心に
傷を負わせたとしたら
これほど卑劣で
むごいことはありません。

村木女史の場合は
弁護士が敏腕であったこともあり
無罪となりました。
しかし
敏腕な弁護士も
『 神 』ではない
ので
事実(現地)は
見ることはできません。
言葉によって立てられた論理を
巧みに崩しているにすぎません。

このように
言葉は事実でないものを
作り出すことができます。
そして
言葉の言葉が作り出され
それが勝手に動き出します。

すると
紛争を生み出し
戦争を起こすこともあります。
・ 満州事変の『 柳条湖事件 』
・ ベトナム戦争の『 トンキン湾事件 』
・ 『 大量破壊兵器 』とイラク攻撃

など
歴史をみれば明白です。

過激な表現になりますが

『 言葉や論理で人を殺すことができます 』

そうですよね
でっち上げで戦争を始めたり

事実でない言葉により
もっともらしい論理を立てて
死刑判決が出される場合も
ありますから。

裁判に携わる方々
そして
権力を持っている方々は
『 言葉や論理で人の権利を奪い
 剥ぐことができる 』

ということを
特に頭に入れておいてほしいと思います。


その一方で
冒頭の『 大岡裁き(大岡政談) 』
フィクションで
加藤剛 演じる 聖人君子大岡忠相
作られた虚像です。

こういった
盛られたり曲げられた
史実や伝記なども
“ 演義 ” として伝えられ
それが
大衆娯楽としての小説や講談,
映画やテレビドラマとなり
文化の発展 につながったことは

“ 嘘により曲げられた事実 ”
効果をもたらした といえます。


嘘( 言葉 )は使い方によって
“ 良薬 ” にもなれば “ 猛毒 ” にもなる
というお話でした。


最後に
この 『 一般意味論 』
コミュニケーションの方法
NLP( 神経言語学的プログラミング ) という
心理療法 にも応用されています。

ここでは
それらについても解説されている
実用的な
『 選択理論心理学 』
の本を
紹介します。

よりよく生きるための心理学
 - 9つの心理学と選択理論 / 磯部隆


他に『 認知心理学 』から
「言語の力」について書かれた本

そして『 一般意味論 』の古典的名著と

末弘厳太郎 博士の名著を
紹介します。

言語力 - 知と意味の心理学
 / 藤澤伸介


思考と行動における言語 - 原書第4版
 / S.I.ハヤカワ:著,大久保忠利:訳


嘘の効用 - 新装版 / 末弘厳太郎


以上

読んでいただき
ありがとうございました。