2022年11月29日火曜日

司法試験受験界の隠語

用語の話 2 司法試験受験界の隠語

「 法律文献・法令名の略称 」 の回で述べた
法律編集者懇話会 で検討された
法律文献等の出典の表示方法
基づいた略称は 公式に近い基準 です。

翻って
公式的ではない
司法試験受験界の隠語 があります。

隠語 とは
その集団の仲間内で通用する
専門用語です。

有名な例を挙げると
刑事 = デカ
これは明治時代の頃の刑事が
「 角袖 」を着ていたためで
「 カクゾデ 」を縮めて
逆さに読んで「 デカ 」となり
犯罪者連中から
そう呼ばれていたという 隠語 です。

他の業界用語でも
六本木 = ギロッポン とか
何かと逆さにしますよね!

それから各業界で
セールスマン が使う
てんぷらする ” という用語があります。
これは
架空の契約
取り消す目的の契約 のことで
“ でっちあげる ” ことから
“ てんぷら ” になったと言われます。

その他には
タクシー業界大日本帝国 といえば
大手の 大和,日本交通,帝都,国際
意味します。

大学入試に携わる
予備校や受験雑誌等の業界ならば
GMARCH ,成成明学獨國武,日東駒専 ,
大東亜帝国,関東上流江戸桜,
関関同立,産近甲龍,摂神追桃
など
といった
隠語 があることは
もうお馴染みですよね。

そこに入る大学名や
分類のしかたについては
多様な意見があり
議論に際限がないので
ここでは触れません。


では本題の
司法試験受験界の隠語 に入る前に
日常,法律に携わっている業界でも
異なる世界があるということを
簡単にお話ししましょう

法律に携わる者の世界には
三つの世界があると言われています。

一つ目
裁判官,検察官,弁護士や
役所,企業の法務部などの
法律をツールとして日常扱っている
実務 の世界

二つ目
法律を学問として研究している
学術 の世界

三つ目
特に司法試験に合格するために
構築された方法論を探究する
司法試験受験 の世界です。

例えば
“A” という考え方が
判例も固まっていて
実務でも主流の考えである。

一方
学説では古典的な “A” 説よりも
“B” という考え方が論理性に優れ
現在は主流で
学術の世界では通説となっている。

しかし
司法試験受験界においては
“C” という考え方が
論文試験を通るために合理的であり
それをレクチャーした
予備校講座や参考書も豊富に揃っていて
現在のトレンドになっている。
いわゆる 受験通説 というものです。

ただ
法科大学院の発足後は
実務的な教育にシフトしているため
論文試験対策において
手形小切手法 での
二段階創造説
権利移転行為有因論

交付契約説 なのか。
あるいは
民事訴訟法 での
新訴訟物理論
旧訴訟物理論 なのか。
さらには
刑法 においても
団塚(団藤・大塚ラインの考え方)か
大谷説 なのか。
あるいは 前田説 なのか。
など
各々どの説を用いて答案構成するのか。
といった議論も
聞こえてこなくなり
そういった需要に応える
参考書もなくなりました。

話が少々脱線しますが

当時のその辺りの会話は
水道橋の『 丸沼書店 』に行くと
よく聞こえてきました。

『 丸沼書店 』には二つ入口があって
右側の入口には
法学系の本や法律系資格の参考書が並び
左側の入口には
経済学や税務,会計学系の本が
陳列されていて
右の法学書側はいつも混雑していて
左の経済学,商学書側は
いつもガラガラでした。

最近は行っていませんが
たぶん今でも
その光景は変わらないんでしょう。

その昔は
神保町の古書店街にあった
『 巌松堂書店 』なんかにも
法律系の古書や参考書,カセットなどの
掘り出し物がありました。

当時
『 法曹同人 』から出版されている
司法試験対策の参考書や
早稲田セミナー(早稲田経営出版)から
出版されていた
『 司法試験解法マニュアル 』
セットで売られていたので
買った記憶があります。

この 司法試験解法マニュアル という本は
司法試験受験の参考書にすぎないのですが
本の装丁は
簡易なペーパーバックではなく
外箱付きのハードカバーで
新品で買うと
基本書 と呼ばれる
法律学の体系書並みの
結構お高い値段だったんですよね!

『 巌松堂書店 』
ビルは残っていますが
書店は廃業してしまったようで
現在は『 澤口書店 』になっています。

話を本題に戻して・・・

このように特に司法試験受験界は
かなり特殊で
コアでマニアックな世界であり
先程出した 団塚 のような
数々の “ 隠語 ” があります。

司法試験に携わったり
法学系の学問を修めた方には
当然通じますが

これを図書館や書店で尋ねられると
専門外の司書や書店員は
戸惑ってしまうことがあります。


時々所蔵の問い合わせで受ける
司法試験受験生の隠語 について
一例を挙げてみましょう。

もちろん
目録からその単語で検索しても
出てきませんよ・・・。

まず
古くから使われている
隠語で
『 ダットサン民法 』 と呼ばれる
本があります。

これは
『 民法 』 のタイトルで
勁草書房 から出版されている
( 発刊当時は 一粒社 から出版 )
我妻榮,有泉亨,川井健 共著 の本で
全3巻 あります。

これは
小型でパワフル
そして小回りが利くところから
当時の車に例えられた通称です。

この本の通称は
法律系に携わる方なら
広く認知されている用語です。

これは
“ 我妻先生の民法 ” といっても
同じく 勁草書房 から出ている
『 民法案内 』
岩波書店『 民法講義 』 など
数々の著書がありますから
それらと区別するための
通称名であると考えられます。

ちなみに
現在出版されている『 民法案内 』
我妻先生の没後に
川井健 先生 などによって
補訂・補筆されているので
川井テイスト
『 民法案内 』になっています。

我妻テイスト に浸りたければ
補訂されていない『 民法案内 』
( 特に 第1巻「私法の道しるべ」)を
お読みください。

ところで
我妻先生の『 民法案内 』
元々は 日本評論新社 から
出版されたものですが
同社からは
『 憲法案内 』 も出版されていました。
( 中村哲 著 1957年 )
中村哲(ナカムラ アキラ)先生は
美濃部達吉 門下生で
法政大学総長や参議院議員も
歴任された方です。
『 民法案内 』
藤木英雄 先生の『 刑法案内 』と同じく
勁草書房から
復刊されて欲しいものですが
『 民法案内 』『 刑法案内 』に比べて
認知度が低いようで
古書サイト や amazon でも
中々出ないレアな本です。
勁草書房から
『 民法案内 』,『 刑法案内 』が出ていて
『 憲法案内 』がないのは
少し解せぬ感じがするのは
僕だけでしょうか?

次に
周知されている隠語ですが
各業界で違う認識をされている本
一例を挙げます。

『 赤本 』,『 青本 』
聞いたことがあると思います。

『 赤本 』について
大学受験生や受験予備校関係者などは
世界思想社教学社 から出版されている
大学・学部別の大学入試過去問題集
思い付くと思います。

他方
弁護士等の法律実務に携わっている方は
日弁連交通事故相談センター 出版の
民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準
と捉えるでしょう。
( 通常は 「 赤い本 」 と呼ばれます )

余談として
出版界で「 ゾッキ本 」と呼ばれる
本があります。
「特価本」,「バーゲンブック」,
「自由価格本」
として
売られているところを
見たことがあるかと思います。
これは
再販売価格維持制度から
除外されたことを示すために
本の「地」などに赤マジックなどで
線が引かれているので
「赤本」の俗称があります。

『 青本 』ついてはどうでしょう。
赤本と同じく大学受験生などは
駿台文庫 出版の
大学入試問題の過去問題集
思い浮かべるでしょう。

法律実務に携わっている方は
日弁連交通事故相談センター 出版の
交通事故損害額算定基準
のことと捉えるでしょう。

司法試験受験生の間では
山口青本 とくれば
刑法 山口厚 著 / 有斐閣

和之青本 ならば
立憲主義と日本国憲法
高橋和之 著 / 有斐閣

でしょう。

でもこれが
弁理士試験受験界 を含む
弁理士知的財産権を扱う業界
青本 というと
工業所有権法( 産業財産権法 )
逐条解説
特許庁 編 / 発明推進協会

を指します。

ちなみに
官公庁医歯薬系の業界 など
各業界に
赤本青本黒本など
色の付いた俗称をもつ資料があります。
例えば 官公庁 では
ぎょうせい「 現行日本法規 」
(法務省 編集)
第一法規「 現行法規総覧 」
(衆議院法制局,参議院法制局 編集)の
現行総合法令集を
表紙の色から「 黒本 」と呼びます。

これらは
ロースクールの図書室では
尋ねられても見当が付きますが
総合図書館や公共図書館で
質問を受ける際には確認が必要です。

同じく
総合図書館や公共図書館の場合で
確認が必要なお尋ねとして
「 イトウマコト 」 先生 の本ありますか
との質問です。

法学系 では
周知のとおり
司法試験等の受験指導校である
伊藤塾“ スーパー講師 ”
伊藤真 先生 なのか
あるいは
東大名誉教授 で 民事訴訟法学者 の
伊藤眞 先生
なのかを尋ねる場合で
“ 学者 の ”とか
“ 東大教授 の ” で通じますが

これが
総合図書館や公共図書館の場合で
問い合わせを受ける場合は
もう一人の重鎮 である
“ イトウマコト 先生 ”

東大名誉教授 で
マルクス・宇野経済学者 の
伊藤誠 先生
のことも
頭に入れておかなければなりません。

マル経を勉強している経済学部生や
マル経・宇野経の研究者からは
そういった認識で尋ねてきます。

特に左派系の大学では
こちらの系列の授業や研究者が多く
関連資料も多く収集しています。

それから他にも

筑波大学名誉教授 で
ドイツ語 言語学者 の
伊藤眞 先生
もいらっしゃいます。
( 独和辞典などの
 執筆・監修がありますので
 法学部で独語を選択している学生には
 知られていると思います。)

ですので
“ 学者 の ”とか
“ 東大教授 の ” というのは愚問で

“ 伊藤塾 の ” とか
“ 民訴法学者 の ” とか
“ マルクス経済学者 の ”
といった確認が無難です。

民訴の 伊藤眞 先生 に習った方ならば
“ 蝶ネクタイの・・・ ”
といえばわかりますが!

以前に地下鉄内で
民訴の 伊藤眞 先生 を
お見かけした事がありますが
先生のことを知らない人が見ても
靴やオーダーメイドと思われるスーツが
高級仕立てと一目でわかり
その着こなしからも
明らかに他の乗客とは別格の
オーラを感じました。

それから
伊藤塾の 伊藤真 先生 についても
僕は東京の者なので
旧司法試験の論文試験の会場は
早稲田大学で行われていましたが
当時,受験者だった自分が
論文試験当日に会場へ向かうと
マコト先生が
早大の門前に立っていました。
それを見たときに
背が高くカリスマ性を感じたことを
懐かしく覚えています。


伊藤塾 の 伊藤真 先生 が出たところで
『 シケタイ 』 についても
触れておきます。

法学系図書館でなくても
公務員受験者のために
『 シケタイ 』 を所蔵している
大学図書館もあります。

シケタイ とは
弘文堂 から出版されている
『 試験対策講座シリーズ 』のことで
憲法など 全15巻 が出版されています。


その他に
業界で認識の異なる本 としては
『 ヤマケイ 』 の本です。
一般的には
美しい写真集が売りの
山岳系雑誌を中心とした出版社
『 山と溪谷社 』 の本です。

僕はこの出版社の動植物を写した
山溪ハンディ図鑑シリーズ
通称 “ 弁当箱 ” と呼ばれ
重量のある
山溪カラー名鑑シリーズ
愛用しています。
写真の美しさと
わかりやすい解説で
非常に良い図鑑です。

翻って
司法試験業界の場合はというと
京都大学教授の民法学者
山本敬三 先生

民法講義I 総則
民法講義IV-1 契約
山本敬三 著 / 有斐閣
を指すことが多いです。


その他で主な隠語を挙げますと

『 サクハシ 』
行政法 櫻井敬子,橋本博之 共著
  / 弘文堂


『 宇賀レインボー 』
行政法 宇賀克也 著 / 有斐閣

これは
同じ有斐閣から出ている
宇賀克也 先生の
行政法概説( Ⅰ~Ⅲ )
と区別するためです。

『 潮見・黄色 』
ライブラリ法学基本講義シリーズ
基本講義債権各論Ⅰ
 契約法・事務管理・不当利得

基本講義債権各論Ⅱ
 不法行為法

潮見佳男 著 / 新世社

『 土田労働法・黄色 』
ライブラリ法学基本講義シリーズ
基本講義労働法
 土田道夫 著 / 新世社


これは
労働法概説 土田道夫 著 / 弘文堂
と区別するためです。

『 赤白本 』
会社法 高橋美加 [他] 著 / 弘文堂

『 憲法・四人組 』
憲法Ⅰ
憲法Ⅱ
野中俊彦,中村睦男,高橋和之,
 高見勝利 共著 / 有斐閣


『 リークエ 』
 有斐閣 から出版されている
LEGAL QUEST
( リーガルクエスト )シリーズ

【 注意 】
検索機 によっては
 カタカナで
 リーガルクエスト と
 入力してもヒットせず
LEGAL QUEST
 入力しなければ
 ヒットしないものもあります。


といったところで
際限がありませんが
書店員や司書の方などで
こんな問い合わせを受けたときは
思い出してください。


先頭へ


以上
読んでいただき
ありがとうございました。